酒巻圭一
(さかまきけいいち)
埼玉土建国民健康保険組合理事長
矢野龍彦(やのたつひこ)
桐朋学園大学教授
現代に受け継ぐいにしえの歩法 なんば歩き
 ナンバ歩きが静かなブームです。私達の体の動かし方が「近代化」される前には、今の歩き方と違う体の動かし方があったといいます。酒巻理事長は、その「ナンバ歩き」に挑戦するため、桐朋学園大学の矢野龍彦教授を訪問しました。

矢野 よくいらっしゃいました。今日は究極の合理主義であるナンバ歩きをじっくりお教えします。
 さて、ナンバという名称を私達は「難場しのぎ」のナンバととらえているのですが、どうしてもナンバとはなにか?が話題になってしまうので、「日本技法」と言う名称を考えています。メイドインジャパンの体の動かし方として世界に発信したい想いがこめてあります。
 ナンバは自分で自分の体と相談しながら、体が求めるより楽で自然な動作を身につけてゆくのですが、その点で昔からの職人の動きは「名人」の域に入っていると思います。例えばトビ職の動きなどがそうだと思います。職人にとって一日の労働が疲れるだけであれば、毎日の仕事で体が持ちません。ここに体の動かし方への合理主義が生まれると思います。
酒巻 たしかに、昔から職人の動きはムダがありません。体が求める動きというお話を聞いていて、造園職人の方が「樹は幹の中心に重心をとるよう枝を伸ばしてゆくものだ」といっていたのを思い出しました。
矢野 よくわかります。樹に伸びたい方向があるように、人間の体にも動きたい方向があるのです。その動きたい方向をつかんで、器用に体を使うことがナンバの動きなのです。右手を左足を一緒に出すというようなことではありません。
 私は音楽大学の体育教師として、演奏に役に立つ体の動かし方を模索してきました。その中でぶつかったのが、古武術の甲野善紀先生の教えです。身体の動きに無自覚だと不自然な姿勢・動きから身体を痛めることになります。自分の体を自覚する上で大切なのは、自分の感覚を頼りにするということです。ナンバに関しては科学的なデータやマニュアルはありません。千差万別な身体を平均値で判断すべきではありませんから、自分の動きを自分が「快感」として感じられるかどうかを基準として動きを探していきます。
酒巻 自分の体を頼りにすると言う点では、職人の仕事の覚え方に通ずるところがあります。今の50歳台までの職人は、自分の体で仕事を覚えていきました。大工の場合、15歳くらいで弟子に入るとカンナとミゾ彫りだけで10年修行させられます。最後に墨付けを覚えて一人前になるのです。
 ところが、今の若い職人はこの修行の過程がありませんし、材料はプレカットですから残念ながら技術が伝承していません。そこで技術センターを作って、こうした技術の伝承のためにカンナかけや差し金の講習などに取り組んでいます。
矢野 職人の技が消えるのはとても残念でもったいないことです。技術センターの実習はとてもいいことだと思います。また職人さんのそうした修行の中では技術だけでなく人間も育ててきたのではないですか?
酒巻 おやじは大工ですが、よく高校の3年間はムダだと言っていました。技術が伸びるのは25歳までだから15歳からなら10年間教えられると言うんです。家を立てるのはチームワークですから、自分を押さえる事が大事なのですが、その際一番がまんが必要なのは実は棟梁です。そうしたチームワークの中で人間も育つのではないかと思います。
矢野 人間は自分の体の動きのうち9割はまったく無意識です。体を意識して動かすのは1割あるかないかでしょう。この無意識の9割を自覚化する、自分の動きを考えて探すことが重要です。イチローが活躍できるのはそれを実行しているからでしょう。
 覚悟しなくてはならないのは、このナンバの動きには、キッカケはあるがマニュアルはないということです。これは職人さんの技術の習得と同じですね。またこの動きを実践したその評価は自分の体に聴くしかありません。自分の動きを意識し始めればもうナンバはできています。あとは精度の問題だけです。○か×か、できたかできないかということではありません。
酒巻 国保のチャレンジャー事業で、肥満の解消に挑戦中なのですが、今毎日50分ウォーキングをしています。その結果、自分の体調がよくわかるようになりました。
 実は、私は体を動かしたくない、という気持ちでおやじの大工を継がず設計屋になったのですが、ウォーキングを続ける中で体を動かすことは人間にとってとても重要なのだな、と若いときの誤りに気づきました。これも自分の体を意識しはじめたことかなと思います。
矢野 そのとおりです。自分の体に聴くとは、例えばピアノを長時間ひいたあとぐったりしていたら体の使い方が悪かったのです。体を使ったあとの爽快さが決め手です。楽しく体を動かさないと脂肪は燃焼しません。食事の場合も時間で食べないで、体が欲しがっているかどうかが重要です。
 私の知人で脳卒中になった人がいて、現在半身マヒでリハビリ中なのですが、ナンバ歩きで痛みを解消できるようになったそうです。通常は動かない方や動きが悪い方を動かそうとしますが、それでは体に快感は与えられません。動かしやすい方に体を動かすと、逆の側が自然と動くようになります。
 また講習会にきた85歳の方は肺機能が低下していたのですが、このナンバ歩きで4階まで階段がのぼれるようになり、行動範囲が広がったと話しています。
酒巻 ナンバ歩きで行動範囲が広がれば、それだけ健康な体を保つことにつながると思いますから、ナンバは私達国保組合にとっても重要だと思います。
 国保組合では、保健大学という12回の講習コースを作って保健委員を養成しています。講習には医師や栄養士、トレーナーなどの講演や実習を組み込んでいます。今日おつきあいくださったおかげで自分の体の動きを知るきっかけができました。この対談を機会に国保組合で講習会などもしていただけたらと思っています。
矢野 私もできる限りご協力をします。
 最後に私の教え子で全盲にもかかわらずヴァイオリンを学んでいる子が、今度身体障害者の世界選手権に三段跳びで出場することになりました。もちろんナンバで走り跳びます。オリンピックと違い自己負担が70万円です。スポンサーもいませんし皆さんのカンパをお願いしています。もしよろしければご協力ください。(お問い合わせは、人間考学研究所まで)

ナンバに関する問い合わせ先
人間考学研究所
http://www.ningenkougaku.jp
TEL.03-5468-0073


「なんば歩き」の基本は体幹をねじらない動き、つまり身体をボックスで捉えた時の、その「肋骨ボックス」や「骨盤ボックス」を平行四辺形につぶしていくということです。身体をねじらないことは臓器に負担がかからず、関節や骨の一部のみに負担がかかりません。歩く動作も「身体への優しさ」につながります。
なめらかな足の運びで ステップ1


3.地面を押すように、左手を下ろした時に左半身を押し込めるイメージ。 2.左手と合わせて左半身を引き上げ、「肋骨ボックス」を平行四辺形に。 1.右手を引き上げた時に右半身を上げ左手を引き上げた時に左半身を上げる。
運即に気を配って ステップ2

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3.手の位置が低すぎると腰が丸まり、腰痛などの原因になるので要注意。 2.太腿に手を添えると、腕を振ることなくバランスをとることができる。 1.平面的な上体の移動。体幹も捻れることなく、脚と手が同調している。
バランスよく歩こう! ステップ3

3.「ねじらない」「ふんばらない」「うねらない」無理なく自然な歩き。 2.日常生活の中では身体の中で手を振る感覚を生み出すことを意識する。 1.筋肉だけで移動させることなく、やわらかく全身で流れるように進む。

なんば式準備体操
3.平行四辺形を意識すると身体はひねれません
2.そらすのではなく腰を前に「伸ばす」動き
1.かかとに体重をかけ「たたむ」イメージで

気持ちの良い「歩き」で快適な生活を!
学校教育によって刷り込まれた西洋軍隊型の動きは、体幹のひねり戻し運動によって身体の中にブレーキがかかってしまい、大きなストレスが肉体にかかってしまいます。そもそも腕は上下に揺れるのが自然な動きです。上体そのものが平面的に移動する動きこそ無理のない動作だと言えるでしょう。

なんば諸説
旅芸人と(右2人)大工(左)。違和感のない自然ななんば歩きだ。
 その歩き方の起源や実態については諸説ありますが、独自の「なんば」論を展開した歌舞伎演出家の武智鉄二氏は、その著書「伝統と断絶」のなかで、「右足が出る時は、右手が出るという言い方は、なんばの説明によく用いられる方法だが、正しくは右半身が出ると言ったほうがよい。つまり、農耕生産における半身の姿勢がそのまま歩行の仕様に移しかえられているのである」と説明しています。また、この動きからむだなエネルギー消費をおさえるため、「腰を入れて、腰から下だけが前進するようにし、上体はただ腰に乗っかって、いわば運搬されるような形になる」としています。ここで重要な点は、「なんば」は日本人の生活のなかから生まれ、洗練されていった身体の使い方であるということです。明治時代以前、すべての日本人は着物を着て生活をしていました。そのなかで着崩れない歩き方として、また長時間「走る」事を生業としていた一部の人々(飛脚、籠かきなど)の効率的な動きとして「なんば」は身体との対話から生まれた産物なのです。
 しかし、明治以降しだいに「なんば」は人々の暮らしから消えてゆきます。その一因を前述した武智氏によれば、明治政府が緒戦で薩摩軍に敗北した原因を「農民たちが予定通りの行軍が出来ないこと」にあるとし、「西洋のリズムを研究して、行軍に適する四拍子の歌を作らせ、義務教育制度を通じてその普及につとめ」徐々に西洋の「左右交差型」の歩き方、または胸をはった「軍隊式の直立」が日本人の中に普及していったためであるとしています。このような西洋の動きは身体の効率のいい使い方というよりは、「規律」「全体行動」を用途に開発されており、「ねじれ」や「踏ん張り」「うねり」を必要とする、身体に負荷のかかる動きです。現在の学校教育の中でもそれは連綿とつづいており、体育の授業で「行進」が行われているのもその名残です。近・現代において「なんば」は歌舞伎や能、武術など、または長年の修練が必要な宮大工や陶芸家など「職人」の中に一部受け継がれているのみでしたが、近年、陸上競技の末續慎吾選手などスポーツの世界から「なんば」を取り入れた身体法が着目され、日本人の身体感覚を見直す機運が高まっています。

国保だより 2006年1月1日・10日合併号より
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